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その出会いは、たった1杯の紅茶から

人生を劇的に変える体験をしたことがあるだろうか。
もしかしたらそれは、ごく普通の日常を送る中で、突然やってくるかもしれない。

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約20年間にわたり、水戸のまちなかに店を構えた紅茶専門店「紅茶館」。
店を切り盛りしていたのは、先崎キヨ子さん。彼女こそが、水戸に紅茶文化を広めた第一人者だ。
ここでしか手に入らない茶葉、紅茶に合うランチやお菓子、そして何より、先崎さんの笑顔を求めて、紅茶館には人々が集った。

2017年12月、先崎さんの体調不良もあり、紅茶館は惜しまれながらその歴史に幕を閉じることとなった。だが、水戸の紅茶文化は先崎さん抜きには語れない。今回は、その人生をちょっとだけのぞかせていただく。

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人生を変えた、ダージリン

「たった1杯の紅茶が、私の人生を変えたんです」
先崎さんはまず、紅茶との運命的な出会いを語ってくれた。

「昔、フルーツで有名な新宿高野に、インドの紅茶専門店があり、たまたまそこで飲んだダージリンから、私の紅茶人生が始まりました。コーヒー党と結婚して、それまでコーヒーばかり飲んでいたので、その紅茶の味と香りはなおさら忘れられませんでした」
後に知ったそうだが、新宿高野は、日本で初めて生産地から紅茶を直輸入したメーカーだったとのこと。

「結婚して福島から水戸に来た当初は、紅茶の世界でやっていきたいという気持ちは全くありませんでした。それが、たった1杯で人生が変わっちゃうなんて、変わり身が早いですね」
茶目っ気混じりに笑う先崎さん。
紅茶の世界に魅せられた先崎さんは、新宿高野で修行することを決意。泊まり込みで1か月、紅茶の知識と技術を磨いた。

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“紅茶の時代”を夢見て

1986年、転機が訪れた。
「かつて、水戸にツルヤという書店がありました。そこに併設した喫茶店を開くという話があり、店長になってくれないかと打診されたんです」
本と喫茶とは、なんとも絶妙の組み合わせ。先崎さんにとって願ってもないチャンスだったが、二つ返事では引き受けなかった。

「ツルヤとしては、コーヒーと紅茶の両方を提供したかったようですが、私は『紅茶専門店なら店長を引き受けます』と答えました。さすがに向こうは渋りましたね。紅茶だけでお店をやれるなんて思ってなかったでしょうから」
それもそのはず。1980年代の喫茶店といえば、コーヒーが主流。席に座るなり、コーヒーを1杯注文するのが当たり前の時代だった。

「最終的には『オープンから3年経っても紅茶だけでやっていけないなら、コーヒーも出す』という条件で話がつき、晴れて茨城県内初の紅茶専門店が誕生したんです」
紅茶文化が定着していなかった水戸に、果たして馴染むのだろうか。
そんな心配は無用だった。

「みなさん、紅茶に興味を持ってくださって、1年で軌道に乗りました。紅茶専門店だと知らずにコーヒーを注文されるお客様には、『コーヒーがお好きなんですね。でしたら、こんな紅茶はいかがですか』とおすすめしてみたり…とにかく地道に広げていきました」

その後、先崎さんは1999年に独立して紅茶館をオープン。以後、紅茶文化の発信拠点としての地位を築いていくのである。

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もっと奥深い境地へ

先崎さんは、いつでも学ぶことをやめない。
ツルヤ書店時代、店休日には必ず、日本紅茶協会主催の研修に参加するため東京に通い、知識や技術を吸収し続けた。1991年には、茨城県内で初めてとなる、日本紅茶協会認定「ティーインストラクター」の資格を、さらに、96年にはティーインストラクターを養成するための指導を行う「シニアティーインストラクター」の資格を取得した。

「シニアティーインストラクターのハードルは結構高くて、筆記やテイスティングはもちろん、論文もあります。『イギリスのアフタヌーンティーは、礼儀作法やお茶請けなど、日本の茶道文化の影響を受けている。両者は一見全く別の文化のようで、とてもよく似ている』といった感じで、『日本の茶道文化がヨーロッパに与えた影響』について論文を書いたのは、今でも忘れません」

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シニアティーインストラクターとして生徒を養成し、北は北海道から南は九州まで、数多くのティーインストラクターを輩出してきた先崎さんだが、2003年に新たに「ティーエキスパート協会」を設立し、現在まで代表として紅茶文化の普及に努めている。

「ティーインストラクターよりも、もっと深いこと、もっと広いことをやりたくて、ティーエキスパートの資格を作りました。独自のカリキュラムを組んで養成講座を行っています」

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「最初は『そんなの難しくてできない』って嘆いていた生徒が、1年後には紅茶を飲みながら講釈するようになるんですから、面白いですよ」
これまでに1000人以上の生徒を指導してきたということからも、先崎さんの素敵な人柄がうかがえる。

「ツルヤ書店時代からの生徒が、いまだに来てくれるんです。私は『何十年も通う人に、もう教えることはない』って言うんですが、『先崎先生も日々進化しているから、勉強することはまだまだある』なんて言われて(笑)」

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ほっと一息、お茶で笑顔に

先崎さんは、紅茶だけでなく、日本茶を含めたお茶文化の普及にも努めている。
「茨城には奥久慈茶・古内茶・猿島茶という三大銘茶があるのですが、東日本大震災で、出荷制限を受けてしまったんです。こんなにすばらしいお茶が、ここでつぶれてはいけない。そう思って、茨城のお茶と食の魅力を伝えるイベント『お茶は茨城、食も茨城。』を立ち上げました」

震災で落ち込む水戸の人々に、笑顔を届けたい。その一心で始めた同イベントは、仲間の協力を得て、2016年まで開催された。
今後の開催は未定だが、先崎さんの思いを紡いでくれる人を募集中とのこと。

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さらに、先崎さんはあるプロジェクトに期待を寄せている。
水戸藩第2代藩主の徳川光圀公が愛した「初音茶」の復活だ。水戸市のお隣、城里町の茶農家などが中心となって、栽培を続けているのだが、先崎さんは、このプロジェクトの口切り役として携わった。

「初音茶は原木が1本しか残っていなかったので、栽培に時間がかかるんです。初音茶をブランド化できるまで、あと3年ぐらいはかかるかもしれません。今は城里町のみなさんが中心となって活動していますが、弘道館や偕楽園で試飲できたり、水戸市内のお店で買えたりと、水戸でも盛り上げていきたいですね」

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先崎さんの思い出である、ダージリンを入れてくれた。
「ダージリンは紅茶のシャンパンと言われ、日本人からも好まれる紅茶ですが、『春摘み・夏摘み・秋摘み』のダージリンがあるのをご存知ですか?味・香り・色がそれぞれ違うので、例えば、『緑茶に近い春摘みのダージリンには、和菓子の方が合うかしら』というように、紅茶に合わせてお茶菓子をコーディネートするんです。たかが紅茶、されど紅茶で、本当に奥が深い世界です」

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1杯のカップに注がれた紅茶は、様々な人との出会いを生んできた。

「お茶を通して広がった人の輪は私の財産です」

先崎さんは優しく笑う。その笑顔の奥には、30年間ひたすら駆け抜けてきた達成感と、第一線を退く寂しさのようなものが見えた。
今後は、先崎さんのご自宅で引続き教室を開き、紅茶界の未来を担うティーインストラクターを養成していくそうだ。

先崎さんの物語はまだまだ続く。
その第2章にはきっと、素敵な出会いでいっぱいの紅茶人生が綴られていくに違いない。

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住所:水戸市南町3-3-37(紅茶館は閉店)

TEL:029-224-5078

http://www.hp-s.cc/koucha/index.html

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