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「ありがとう」をバルーンに乗せて

「あの人は何をあげたら喜んでくれるだろう」
大切な人への贈り物に頭を悩ませる人は多いはず。
今回は、バルーンで人々に笑顔を贈り届ける、若き女性起業家の話。

「私は三姉妹の末っ子で、子供の頃は姉二人と比べられるのが嫌だったんです。勉強では絶対に勝てないと思っていたので、『姉たちとは何か違うもので認められたい』という気持ちが強かった。だから、フィギュアスケートを習ってみたり、観光大使をやってみたり、色々なことにチャレンジしました

国道50号を大工町方面に進むと、ひときわ鮮やかなディスプレイで迎えてくれる、バルーンショップ「パパメイアン」。代表の佐々木美季(ささき みき)さんは、自身の起業の原点を笑顔で振り返る。

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あの日見た景色を

「バルーンの魅力に取りつかれたのは、大学時代にアメリカへ旅行したときのこと。カラフルにバルーンデコレーションされた街並みを見たんです。その七色の光景に、驚きと感動を覚えたのが、私の原点です」

「当時、日本ではバルーンアートという概念自体、まだあまり知られていなかったと思います。でもアメリカでは、どこに行ってもバルーンを見かけました。人々の暮らしの中に、バルーンがごく普通に溶け込んでいたんです」

「私もこんなふうに、バルーンで人々に笑顔を届けたい」
アメリカでの体験を通して、佐々木さんはバルーンに携わる仕事に就きたいと強く願うようになった。「でも、夢と現実には大きなギャップがありました。就職活動中にバルーンの仕事を探したのですが、思うように見つからず…」
その夢はいったん胸の奥にしまい、大学卒業後は一般企業に就職することとなった。

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決意は固く、行動は早く

「就職してからも、バルーンへの気持ちは途切れることはありませんでした。どうしたらバルーンを仕事にできるのか、あらゆる手段を使って情報を集めました。そんなあるとき、バルーンショップを出店する人向けのビジネススクールの存在を、インターネットで知ったんです。すぐに申し込み、東京へ勉強しに行きました」

決意は固く、そして行動は早く。
なんと佐々木さんは、自らの店を出すべく、すぐに会社を退職。その3か月後に、パパメイアンをオープンさせるという偉業を成し遂げたのだ。
とにかく、まずは自分のお店を出すことだけ考えて行動しました。もちろん両親にも相談しましたが、私の性格をよく理解してくれていたので、反対せずに背中を押してくれました」

「バタバタした3か月でしたけど、私が育った水戸でお店を始めることができて嬉しかったです。実はパパメイアンがある場所は、とても馴染みのある場所なんです。高校に行くのに毎日歩いて通っていましたし、当時は隣がお弁当屋さんで、よく昼休みに買いに行っていました

バルーンへのひとかたならぬ思いが結実し、佐々木さんは新たな門出を迎えた。
「開業から3年後経っても良い状況じゃなかったら、辞めるつもりでいました」
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
たった一人でスタートしたパパメイアンは、当時の茨城ではまだ珍しかったバルーンショップの先駆けとして、大きく成長していく。

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「最初は本当に苦労しました。10年前は、贈り物としてのバルーンの存在はあまり認知されていませんでしたから。お店のドアが開くたびに『ここ何屋さんなの?』と尋ねてくるお客様ばかりで…。バルーンのパッケージを、ステッカーだと勘違いされたこともありました」

「そう考えると、この10年間でバルーンに対する認識が大きく変わったんじゃないでしょうか。ちなみに、今では水戸は激戦区と言われるほどバルーンショップが多いんです。多くの方にバルーンのことを知っていただけるチャンスでもあるので、店舗が増えることは嬉しいです」

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怒涛の10年間を駆け抜けてきた佐々木さんだが、技術を磨くことを忘れてはいない。
業界で一番権威があるという「世界公認バルーンアーティスト」、ガスの扱い方やバルーンの歴史などが問われる筆記試験に、7年連続で合格しないと取得できない「日本バルーン協会認定バルーンエキスパート」の資格を有している。その実力は折り紙付きだ。
「資格を持っていなければ、この仕事ができないというわけではありません。言ってしまえば、誰にでもできます。ただ、危険な物や重い物も扱うので、正しい知識を持つことは当然ですし、お客様からの質問や要望に正確に答えなければ、プロとして失格だと思います」

資格だけでなく、実績も積んできた。
2009年に開催されたアジア最大規模のバルーンアートの大会「JBANコンベンション」に、初出場ながら準優勝、2012年には、アメリカのダラスで開催されたWorld Balloon Conventionにも出場した。
「大会で実績を残せたことはもちろんですが、たくさんのメディアに取材していただいたおかげで、バルーンアートを多くの方に知っていただけたのが、何より嬉しかったです」

IMG_5972ダラスで開催された世界大会で作品制作に打ち込む佐々木さん

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立ち止まるからこそ見えるもの

常に前を向いて努力を重ねてきた佐々木さんに、ターニングポイントが訪れた。東日本大震災だ。
「震災直後、仕事が全部きれいにキャンセルになり、店を閉めることも考えました。でも、『ここまでやってこられたんだから、なんとか乗り越えられる』と自分に言い聞かせ続けました。それからしばらくすると、復興イベントの開催が増え、少しずつお仕事をいただけるようになったんです。そういう意味で震災は、一度立ち止まって自分を見つめ直すきっかけにもなりました」

佐々木さんには、どうしてもやりたいことがあった。震災復興イベントでのバルーンリリースだ。イベント主催者に粘り強くかけあい、その瞬間が実現した。
復興への祈りを込めて放たれた無数のバルーンは、偶然にも東の空へと飛んでいった。

震災復興イベント

時は経ち、2017年。創業10周年の節目を迎えたパパメイアンは、株式会社パパメイアンとして新たなスタートを切った。
「10年前、私は自信を持って起業しました。一方で、24歳で起業した女性を、周りはどんな目で見ているんだろう、という不安もありました。でも、水戸の人は本当に温かく優しくて…。多くの人がパパメイアンを支えてくださいました。法人化をきっかけに、良い変化を続けていきたいです」

写真 2017-05-15 21 04 4210周年記念パーティーで披露された、バルーンで作られたドレスのファッションショー

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ありがとう、それに尽きます

企業や街のイベント、結婚式、バルーン教室、パフォーマンスと、休む暇はほとんどない。
「体力的に辛い現場もありますが、やっぱり楽しいです、この仕事は。作品が完成した時の感動や達成感は、なかなか他の仕事では味わえないんじゃないかと思います。実は、この仕事を始めてから、嬉し泣きや感動して泣くことの方が圧倒的に多いんです。商売ですから、本当は私がお客様にお礼を言いたいのに、バルーンを買った方やプレゼントされた方が、お礼を言ってくださるんですよね。お客様からいただく『ありがとう』、私の元気の源はそれに尽きます」

20641214_1308067085958686_1879960132_oパパメイアンでは、2017年の「水戸黄門まつり市民カーニバルで優勝したチームの装飾車も手がけた

10634074_743334052408153_5457984405057122749_oバルーン教室の様子

「パパメイアンでは、水戸まちなかフェスティバルの時に、水戸駅から大工町までの約120か所を、赤いバルーンで装飾させていただきました。ずっと『水戸の街をバルーンでいっぱいにしたい』という夢があったので、少しそれに近づけたような気がします。これからも色々な街のイベントで、たくさんの方にバルーンを見ていただきたいです」

水戸フェスバルーン

バルーンで人々に笑顔を届けたい。
その思いが届き、たった一人で始めたバルーンショップには、今では心強いスタッフが11名加わった。

佐々木さんの目に焼き付いている、あの日アメリカで見た七色の景色ー。
水戸の街がバルーンでいっぱいになる日も、きっとそう遠くはないだろう。

DSC_0157株式会社パパメイアン
営業時間:10:00~22:00
定休日:月曜日

緯度経度で指定
大きな地図で見る

住所:水戸市泉町3-6-1田村ビル1F

TEL:029-233-5122

http://www.papameilland.com/

その出会いは、たった1杯の紅茶から 変化を続けて、長く愛される

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