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銀幕スターに魔法をかけて

「映画看板」と聞いてピンと来る人には、懐かしく感じるだろう。

今日ではシネコンが映画館の主流となり、その姿を間近で見ることは難しくなったが、ちょっと昔の映画館の入口には、上映作品を告知するために手描きの映画看板が掲げられていた。
そこに描かれた往年の銀幕スターたちの迫力ある表情に、ワクワク感を搔き立てられた人も多かった。

かつて水戸においても、レトロな映画看板がある街並が日常だった。
今回は、半世紀にわたり水戸の映画看板を描き続けた、一人の男性のお話。

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「子供の頃から絵を描くのが大好きで、小松崎茂さんという挿絵画家に憧れて描き始めました。学校では、先生から画用紙を毎日1枚ずつ、絵具はなくなったら補充してもらって…暇さえあれば描いていましたね」
少年時代を懐かしみながら語るのは、大下武夫さんだ。

大下さんと映画看板との出会いは、地元・青森の会社に16歳で就職した時まで遡る。
「会社に入ってまず初めにやったのは、皆で同じ映画看板のデッサンを取ることでした。私の絵は、他の同期のより少しだけ上手かったのかなあ、私だけ絵を描く仕事に回ることになって。それがまさか、今後の人生を変えるきっかけになるなんてね」

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職人として板についてきた19歳の時、大下さんは知り合いの縁で水戸を訪れ、当時茨城県内で唯一の東映の直営館だった水戸東映と出会う。

「まだオープンして3か月程しか経っていなかった水戸東映には、専属の絵師がおらず、ぜひ絵を描いてほしいと頼まれたんです。本当は東京に行きたかったんだけど、色々と悩んだ末に、水戸に残ることにしました」

「水戸東映の看板は、縦が2.4m、横が5.4mもありましたから、かなり目立ちました。しかも、水戸東映の前は人通りが多く、毎日たくさんの人に看板を見てもらえる。絵描きにとって、この上ない喜びですよ」

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次第に、大下さんの絵に魅せられた他の映画館からも、看板の制作依頼が入るようになった。そして、水戸市内にあった10館以上もの映画館の看板を手掛けるため、大下さんは26歳で水戸東映を離れ、独立することに決めた。

「朝からずっと描き続けて、夜中の2~3時まで描き続ける。それを毎日繰り返していました。一つの作品を1日半ぐらいで仕上げます。早いと思うかもしれないけど、それぐらいのペースじゃないと間に合わないんだよね。毎週のように新作が公開されていましたから」

描く風景

看板の制作手順は、まず映画のポスターをプロジェクターを通して看板に映し出し、それを拡大したり縮小したりしながら、鉛筆で下書きをする。
1時間程で下書きを終えると、すぐに絵具で色を塗り始める。乾きが早い絵具を使っているため、素早く色を重ねていかなければならないそうだ。

俳優の顔のしわや影、肌の色や質感に至るまで、どんどん描き進めていく。大下さんの頭の中には、どんな設計図が広がっていたのだろうか。その精密な筆さばきに、職人芸の極みを感じざるを得ない。

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「一つ描き終えて映画館に取り付けたら、もう次の作品のことで頭がいっぱいでした。でもね、こんなに描いていても『うまくいった』と納得できる作品は、1年のうちほとんどなかった。3か月に1回はスランプになって、全然描けなくなったりもしましたね

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ところが時代は変化し、映画館の数は減っていった。2008年にテアトル西友が閉館したのを機に、映画看板の発注は激減。看板からポスター、手描きからデジタルへと移り変わった。

「寂しくないと言ったら嘘になるけど、でもそれ以上に、肩の荷が下りたという感じだったね。独立する時、水戸東映から『最後まで大下さんに看板を描いてもらいたい』と言われ、以来50年間、その務めを全うできました。他の映画館も含め、一度も仕事に穴を開けずにやってこれた。これでようやく責任を果たし終えたんだな、と」
この言葉はきっと、大下さんにしか語ることができないだろう。

水戸に縁のある映画『桜田門外ノ変』(2010年公開)、『ローリング』(2015年公開)の看板を制作して以来、仕事として描くことはなくなったものの、大下さんの筆が休まることはなかった。

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「これは全部趣味で描いたものです。150枚ぐらいはあるんじゃないかなあ。石原裕次郎さんや高倉健さんの絵が一番多いと思いますよ」
そこには、日本の俳優からハリウッド俳優まで、国際色豊かな顔ぶれが額に入って並んでいた。

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常陽史料館さんに声をかけていただき、私の作品が展示されることになったんです。映画看板絵師の仕事を、今もこうして覚えてくださっていることに、とても感謝しています」
自身の集大成と位置付けている今回の個展は、とても貴重な機会となったそうだ。

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「描くだけで人生が終わっちゃったよ」
そんなことをつぶやいた傍ら、

「描くのを止めてからは、夜中に寝ていても手が自然に動いているらしくてね」
と、優しく笑う。
愛用の絵具はもう固まってしまったが、大下さんが魔法をかけたスターたちには、これからも魂が宿り続ける。

P1130033企画展「スクリーンの仲間たち」大下武夫作品より
会期:7月16日(日)まで ※月曜日休館、入場無料。
時間:10:00~17:45
会場:常陽史料館

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住所:水戸市備前町6-71

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