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この街に最先端を根付かせたい(前編)

子供の頃に抱いていた将来の夢を、あなたは思い出せるだろうか。
今回は、幼い頃から好きなことに全力で向き合い、夢を追いかけてきた水戸人の話。

「僕の祖父は産婦人科医で、水戸藩の御殿医として仕えていたそうです。両親は耳鼻科医だったんですが、僕は継がずに独自の道を歩みました。ただ、『好きなことをやっていいけど、その代わり、自分のことは全部自分でできるようにしなさい』と母から言われたのを覚えています」
1986年から30年間、水戸のファッションシーンを牽引し続けてきた株式会社アットワークを束ねるのは、杉浦時彦さんだ。

昔の杉浦さん高校時代の杉浦さん

コンプレックスを跳ね返して

「実は僕、コンプレックスの塊みたいな人間だったんです。勉強はダメだったし…でも、運動や音楽、絵 …何をやっても、それなりにはできたんですよ。ところが、一番には絶対になれなかった。せいぜい二番。それでも大したもんかもしれないけど、地元で一番になれない位では、仕事として食べていけない。そんなコンプレックスがつきまとっていたのと、親の後を継がないって言っちゃったのもあって、将来どうしようかなと悩みました」

「そんな中、世間では“IVY(アイビー)”というファッションが大流行しました。そして、そのスタイルをVAN JAC.(ヴァンヂャケット)という会社がブランド化して、一世を風靡したんです。僕もその魅力に取り憑かれた一人でした。スリムラインがIVYスタイルの特徴で、僕も服を買ってきては、ウエストをミシンで詰めてみたり…そんなことばっかりやっていました。好きなことだと何でもできるんですよね。あと、『シャンプー』という映画を観て、美容師にも憧れました。当時は男が美容師になるには抵抗がある時代で、女々しい職業だと思われていたんですよ。今じゃ絶対にありえない話だよね」

「とにかくカッコいいものや人に憧れていたので、次第にファッションの世界に行きたいなと思うようになっていました。コンプレックスの塊だったけど、それでも人より抜きん出た、自分にしかないものを見つけたかったんでしょうね」

IVY表紙

DSC_0142-1アメリカ東海岸の名門私立大学グループ「アイビー・リーグ」の学生の間で広まったIVYスタイルは、1960年代をピークに流行した。

肌で触れる

杉浦さんは、高校時代から地元にあるショップ・福田屋洋服店でアルバイトをしていた。現在は株式会社アダストリアとして「LOWRYS FARM」や「GLOBAL WORK」などの有名ブランドを全国展開しているが、もともとは水戸に端を発する企業だ。

「福田屋で一番年下だった僕は、先輩方から色々と教わりました。ファッションだけじゃなく、小説や映画、食べ物まで、男のカッコいい生き方とでも言うのかな。福田屋での経験が、今の僕を作る原点かもしれません」

福田屋福田屋洋服店に勤務していた頃の杉浦さん(下段正面)

「その後、東京での大学時代は、ファッション漬けの毎日でした。ラフォーレ原宿やDCブランド、BEAMSがちょうどその頃にできて、ファッション界が劇的に変わる時期でもあったんです。そんな、ファッションと情報が溢れる東京が楽しくてしょうがなくて、よく遊びました。でも、それでは飽き足らず、アルバイトでお金を貯めてはすぐアメリカに行ったりも。レンタカーを借りて、1か月間ぐらいかけてバンクーバーからメキシコまで、学生だけで南下して…生のアメリカを体験しました。衝撃を受けたのは、みんなIVYスタイルでビシッと決めているのかと思っていたら、そんな人、西海岸には全然いないんですよ。髪を伸ばしてビーチサンダルを履いて、なぜかスティック状の生野菜を食べていて…僕が思っていた“アメリカ=IVY”というのは、VAN JAC.が生み出したイメージに過ぎなかったというわけです。そんなこともあって、現地で直に触れる大切さを、アメリカで学びましたね」

NYニューヨークでの写真

杉浦さんは、そのVAN JAC.から内定をもらっていたが、入社予定だった矢先に、なんと会社が倒産。
「まさかそんなことになるとは、夢にも思っていませんでしたよ。東京の面白さにどっぷり浸かっていたので、今さら水戸になんか帰りたくないというのが正直なところでした。ところがそんなとき、福田屋の社長から『杉浦の店を作ってやるから、うちに来い』って電話が来まして。頼んでもないのにそんなこと言われてもなぁ…って感じだったんだけど、社長がうちの母に『息子さんをください』なんて言うもんで、結局水戸に戻ることに決めました」

杉浦さんが福田屋で再びスタートを切った1978年、日本で2番目のファッションビルとして水戸に誕生したのが、サントピアである。ラフォーレ原宿をプロデュースした人たちが手がけたとあって、その人気たるや凄まじいものがあったという。

福田屋店舗1973年に開業した、福田屋洋服店のメンズショップ「ベガ」

「水戸に帰ってきて最初に任された店はサントピアの5階で、BEAMSのようなセレクトショップを目指していました。ところが、当時福田屋のスタッフの中で、海外に行ったことがある人は誰一人としていなかったんです。アメリカのものを売るのに、何で現地に行ったことがないのか。現地の文化がどういうものか知った上で、お客様に語るべきでしょう」
アメリカの文化を肌で体験した杉浦さんだからこそ、その思いは強かったに違いない。

「売上が伸びるのはもちろんそうですが、自分が仕入れたものを、お客様が喜んで買ってくださるというのが嬉しくてね。自分で言うのも何ですが、福田屋では結構な売上記録を作ったんです。最高の坪効率を誇る店になりました。その後福田屋は、前橋、高崎、土浦、仙台と店舗を展開していったんですが、僕は水戸をファッションと文化を楽しめる街にしたくて、30歳を期に独立を決意しました

その後杉浦さんは、故郷で株式会社アットワークを立ち上げることになるが、それはまた後編のお話。

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株式会社アットワーク

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住所:水戸市南町2-3-25 アットワークビル3F

TEL:029-232-0577

直に触れると、本物に出会える(後編) この街に最先端を根付かせたい(後編)

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