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黒の黒を知る。

水戸の下市地区、特に備前堀周辺には、かつて染物屋が多く集まった。
安政3(1856)年創業の大谷屋染工場もその一つで、今は5代目の大川哲さんがその伝統を引継いでいる。

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「紅花の下地の上に染めるという方法が、江戸時代に盛んでした。いわゆる赤みがかった黒ですね。一方で水戸黒という染色技法は、藍を下地にし、その上に何回も黒を染めていくことで、青みがかった深い黒になります。『水戸公の羽織は千代田城(江戸城)の金屏風によく映える』と、あの徳川光圀公をはじめ、羽織での江戸城参内を許された水戸徳川家の当主が、代々自慢していたそうですよ」

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「水戸黒は、亀屋というたった1軒の水戸藩御用紺屋にしか製作が許されておらず、12代目の益子栄寿さんまで代々受継がれました。ところが、大正時代になると化学染料などが普及し、安価で手早く染められる化学染料を使うようになってしまったそうです。でも、自分の代で水戸黒を途絶えさせてしまったということを悔やんだ益子さんは、昭和57年、約60年ぶりに水戸黒を復元することに成功しました」

「その後は、益子さんに習って技術を引継いだ阿部忠吉さんという方が、水戸黒を美術品レベルにまで昇華させました。ただ残念なことに、阿部さんしか継承している方がいなかったので、阿部さんが亡くなった後は、水戸黒はまたしても途絶えてしまいました」

そして2度目の復活へ

しかし、2度途絶えた水戸黒は再び復活の道を歩む。
「水戸市から、水戸黒を復活させてほしいというアプローチがありました。ただ、私は当初2、3年は首を縦に振らなかったんですよ。本気で水戸黒の試作品を作ろうとすると、家業に影響が出てしまいますからね。それでも最終的には、‟水戸″と名の付く染色技法を、水戸の染物屋が途絶えさせるのは心苦しいという思いが強くなり、引受けることを決心しました」

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「実は、益子さんが水戸黒を再生させたときに、その技術を私に教えてくださるというお話があったんですが、当時大学生だった私は染物に興味がなく、聞き流してしまって。しかも、染色の過程を映像に撮って残してくださっていたそうですが、そのビデオテープは昭和61年の那珂川の水害で流されてしまったみたいなんです。今考えると、とても残念なことをしてしまいました。いざ試作品を作ろうと思ったとき、手元にあったのは阿部さんが残してくれた、たった13行の加工手順書だけでしたからね」

「それと、作業自体はそれほど複雑ではないんですが、ものすごく手間がかかるんです。藍染をして、ヤシャブシ(お歯黒の木)という木の実を煮出して染料を作って、何回も染める作業をして…。2度途絶えたというのは、この手間によるところも大きいんじゃないかな」

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水戸で生まれ育った職人として

「水戸市から試作品を依頼されたとき、『コストを抑えて手軽に買える“平成水戸黒”なんてどうか?』という話をいただきました。確かに水戸黒は手間だけが大変なので、何かの工程を省くことでコストを抑えられるでしょう。でも、果たしてそれは本当に水戸黒なんでしょうか。手間がかかるとしても、そこは職人としてこだわりたい部分ですね」

「水戸黒の再生という挑戦が、これから先私に何かをもたらしてくれるのか、それとも骨折り損で終わるのかはわかりません。ただ、水戸で生まれ育ち、家業の染物屋を受継いだ私が、水戸で生まれた染色技術の復活を担うようになったことは、偶然ではなく定めなんじゃないかな。だから、損得抜きで最後までやらないといけないことなんですよ」

「作業時間の確保や後継者の育成など、課題は山積みですし、私自身もまだまだ一歩踏み出しただけです。水戸という地名のついた染色技術を次世代に残すことができるよう、ゆっくりと歩みを進めていきたいと思っています」

水戸黒が完全に復活したと言えるのは、まだ先の話になるかもしれない。
だが、復活に向けて力を注ぐ職人の姿が確かにあることを、忘れてはならない。

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もう一つの顔

大川さんは本業以外に、もう一つの顔を持つ。地元のスポーツ少年団「浜田フェニックス」の監督として、子どもたちにドッジボールを教えている。
「チームの発足当時から関わっていて、かれこれ15年ぐらいになります。自分は昔バスケをやっていましたが、ドッジボールは未経験。監督を引受けたのはいいけど、最初は右も左もわからず、他のチームの練習に参加させてもらいながら学んでいきました」

「基礎練習をみっちりやるのがうちのチームの特徴です。卒業生が中学に行って部活に入ったときに、物足りないと感じるぐらいやります。ドッジボールって小学校で終わってしまうスポーツなので、せめて基礎体力や運動能力は周りに負けない状態にして卒業させてあげたいと思っています」

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「うちの女子2名が、去年行われた全日本女子総合選手権に『MITO GIRLS D・B』のメンバーとして参加し、おかげさまで全国制覇を成し遂げることができました。子どもたちとは、『次は浜田フェニックスとして全国制覇したいね』と話しています」

DSC_0182-2MITO GIRLS D・Bのメンバーとして参加した二人

子どもたちには夢を、水戸の地には水戸黒という財産を。
次世代へ想いをつなぐため、大川さんの挑戦はこれからも続いていく。

DSC_0280-2大谷屋染工場で開催された水戸黒見学会の様子

Re MITO66.黒の黒を知る。(ガイドブックデータ)

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住所:水戸市本町2-10-33

TEL:029-221-2068

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